オススメきらら漫画列伝③『ななどなどなど』:性根の腐った陰キャお嬢様、今日もしぶとく生きてます

・イントロダクション:『きらら』の獣道に足を踏み入れて

 本ブログで主に取り扱う『まんがタイムきらら』系列誌は、美少女を主役やヒロインに据えた4コマ漫画――いわゆる萌え4コマを専門とする漫画雑誌である。キャラクターを主軸にして売り出す以上、必然、萌え4コマの登場人物には良い印象が求められてくるものだ。特に話の中心となる主人公は、読者も友達になりたいと思えたり、見ているだけで気分が明るくなるような好人物であることが望ましい。

 例として、『きらら』系列のアニメ化作品を眺めてみよう。『ひだまりスケッチ』のゆのは優しく純真な少女で、前向きに努力する姿とちょっと抜けた言動がいずれも愛らしい。『きんいろモザイク』の大宮忍は、天然ボケに起因する黒い発言や金髪偏愛の奇癖はあれど、友人の関心を引き場を和ませるタイプのカリスマ性を持っている。『ご注文はうさぎですか?』の保登心愛は、初対面の人とも急激に距離を縮めていく才覚を備え、それでいて意外なほど人間関係の押し引きをわきまえる。『まちカドまぞく』のシャドウミストレス優子に至っては、彼女の優しい交渉力が危機に瀕した町と孤独な少女をいかに救うのか、という重大な命題を背負わされてすらいるのだ。

 このような在り方をこそ、既存の『きらら』における主人公の正道とするなら――今から紹介する少女・玉村小町とその物語『ななどなどなど』は、邪道と言うほかないだろう。

・登場人物:アクが強い少女たちの、睨み合いのような触れ合い

 まずは上記リンクから、『ななどなどなど』第1巻の表紙を見てほしい。 「お嬢様なので学校なんぞ行かなくてもよいのです!」――タイトルと誤認されかねないほどの勢いで宣言する少女、彼女こそが玉村小町だ。

 『きらら』作品の主人公でありながら、小町の性根は腐っている。彼女の中では、裕福な生まれを鼻にかけ庶民を愚弄する傲慢さと、自分の知らないものは何もかも不愉快で危険なものだと思いこむ卑屈な小心が複雑に入り混じる。そんな振る舞いが災いして、初等部の時点で人間関係は完全に破綻。陰キャ姫」というあだ名が定着してしまったこともあり、高校1年の春に至るまで不登校状態に陥ってしまった。彼女のぶっ飛んだ被害妄想が生み出す切れ味鋭いギャグこそが、『ななどなどなど』のファーストインプレッションを強烈にする。

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『ななどなどなど』(著:宇崎うそ)第1巻9ページより

甲斐甲斐しく仕える「ばあや」を相手に逆ギレ。お嬢様で何でも正当化。

本編開幕を告げる最初の4コマからこの始末である。

 だが、長きにわたる引きこもりライフは突如として終わりを迎えた。天才的な頭脳を持つ小町の妹・玉村茶々が、自ら開発に携わった人造人間=ヒューマノイドを、姉の社会復帰のヘルパーとして送り込んだからだ。その名はコード7D-O型、通称ななど。彼女は人工物でありながら快活で好奇心旺盛。多少の誤解はものともせずグイグイ行くコミュニケーションは、まるで『きらら』漫画の主人公のようだ。ストーリー上の主役は小町に譲りながらも、タイトルロールを担っているのは伊達ではない。

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『ななどなどなど』(著:宇崎うそ)第1巻34ページより

生まれたてで常識やプライバシーの概念がないのも相まって、

しばしば悪気なく率直すぎる物言いをしてしまう。彼女は彼女でアクが強いのだ。

  ななどの強引な働きかけで不承不承ながら登校してきた小町は、成り行きから吉岡るるという友達が出来た。……実際に友達かは小町本人も疑問に感じているのだが、少なくともソシャゲのフレンドにはなった。るるはその華やかな容姿に反し、内向的な性格とオタク的な趣味の持ち主、いわゆる「陰キャ」だ。しかし温厚かつ他者を傷つけたくないという意味で臆病な性格で、小町とは一線を画する。ソシャゲ廃課金の悪癖がなければ、真人間の側にいると言っても差し支えない。

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『ななどなどなど』(著:宇崎うそ)第1巻35ページより

お嬢様という天与を振りかざす小町とは異なり、

るるは生まれ持った名前に恥じないようにと意気込む。同じ日陰者でも対照的だ。

 そして小町とるるが知り合ったことで、連鎖的に舞台に上がる人物がいる。高山萌、表の顔は学業優秀かつ世渡り上手な優等生、しかしその実態はるるに片想いするストーカー。盗撮や探偵まがいの身辺調査を息を吸うように実行する危険人物だ。狡猾な彼女は、小町を利用してるるとの距離を自然に縮めることを画策している。おい、これ本当に『きらら』漫画のメインキャラの解説か?

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『ななどなどなど』(著:宇崎うそ)第1巻46ページより

利己的かつ打算的な萌だが、まっとうな倫理観や社会性も持ち合わせている。

その二面性こそが彼女の本質であり、両方の顔が真実だ。

 『ななどなどなど』の物語は、以上の4人を主要人物に据えて展開していく。本作の面白いところは、メインキャラの誰もが一筋縄ではいかない怪人物という点だ。外向的で裏表がない性格のななどですら、「人間一年生のヒューマノイド」であるからには、口を開けばトラブルが起きてしまう。このような環境で醸成される繋がりは、『きらら』作品からイメージされがちな「なんでも分かち合える距離感ぴったりの仲間たち」というよりは、互いに出方を伺って睨み合いながらじりじり進展していく関係になる。

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『ななどなどなど』(著:宇崎うそ)第1巻74ページより

小町は少しずつ変わっていく。でも、一気に成長することなんてできない。

このコマがどういうシチュエーションかはぜひ単行本で確かめてほしい。

・特色:「陰」と「陽」の断絶を冷徹に見つめるリアリズム

 『ななどなどなど』の主要人物4人は、社交性の度合いが大いにばらついていながら、結果的に同じグループを形成することになった。しかし彼女たちの輪から一番近いところにある社会、つまり教室においてはそうではない。明るく社交的な、いわゆる「陽キャ」は同じ属性で固まって華やかな集まりを作っている。

 彼らは「陰キャ」に対置され、ともすれば迫害者としてみなされることもあるが、必ずしも悪意を持っているわけではない、と私は思う。むしろ自然で素朴な感情として落伍者を憐れんだり、互いにじゃれ合いとしてディスりあうのと同じ感覚で他者を腐したりするのではないだろうか。それが主に悪い意味で繊細な「陰キャ」には理解できないのだ。

 このような認識が社会心理学の観点でどれぐらい的を射ているかを、当ブログでは判断できない。だが『ななどなどなど』においては、自分が思い描いているものに近いイメージが、遥かに豊かな質感を伴って描かれているように感じる。

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『ななどなどなど』(著:宇崎うそ)第1巻95ページより

リアルな毒を帯びたモブ描写、メインキャラ間で複雑にズレている現状認識。

『ななどなどなど』という作品の根底を流れる世界観が滲み出た名4コマ。

  本作の1巻後半からは、小町が萌を経由して、或いは学校の授業という不可抗力で「陽キャ」のグループと接点を持つ様子が描かれるようになる。若干のネタバレになってしまうが、現在の連載最新話においても、彼らから小町への印象は劇的に変わってはいない。今なお彼女は「玉村小町」というよりも「陰キャ姫」なのだ。

 陰キャが頑張ったところで、皆から急に一目置かれる、なんてことは起きない。むしろ面白がられるだけかもしれない――透徹した現実感を根幹に宿した上で、人々がわかり合えないなりに折衝する美しさを『ななどなどなど』は描いている。勿論、シニカルな視点も人間愛も、コメディ4コマ漫画に求められる「笑い」でうまく調理した上で。私達が生きる「日常」をシビアに反映した本作を、私は『日常系』と称されるジャンルの最先端にある作品の一つだと捉えている。皆さんにも、このエッジの効いた新しさを体感してみてほしい。

・おわりに:あけすけな宣伝タイム

 さて、ここまで『ななどなどなど』の面白さやスゴさを説明してきたが、実は本作の第2巻は4月末に発売したばかりだ。

 高山萌ならずとも心臓が激しく収縮し「かわいい……」と呻きがもれてしまいそうな吉岡るるの表紙と、相変わらずどの文字がタイトルなのかよく分からないレイアウトが目印だ。まだ2巻しか発売していないので、全巻揃えても2000円せずに最新の物語に追いつく事ができる。

 実はこの『ななどなどなど』という作品、1巻の発売が去年の緊急事態宣言発令と完全に被っていた。そのため書店での売上が芳しく無く、2巻分での終了(まんがタイムきらら読者界隈においてこれを「2巻乙」と呼ぶ。2巻乙しないことは、看板作品となる最低条件)もありえる危機的状況だったのだ。ところが電子書籍での売上が良かったことが考慮され、無事少なくとも3巻分は連載できることになったのだ。

 だが本作が掲載されている『まんがタイムきららMAX』では、過去非常に読者人気が高かった作品が売上の都合で3巻完結になってしまった例が複数件あり、2巻乙を乗り越えたからといって全く安心はできない。幸いにも電子の売上が考慮されることは証明済みなので、この記事を読んで興味を持ってくださった皆さんには、ぜひお好みのプラットフォームで『ななどなどなど』を手にとっていただきたい。

 また、05/02現在、ニコニコ静画内の『きらら』公式ポータル『きららベース』では、なんと本作が1巻の11話分まで無料で公開されている。つまり、1巻をほぼまるごと試し読みできるということだ。そんなんで商売になるのか?とちょっと心配になってしまうが、「それでも買ってもらえる」という自信あっての行いだろうから、お前の心意気を試してやる!ぐらいの気持ちで読んでみよう。

seiga.nicovideo.jp

 ちなみにこの記事を読んで、「あれ?絵柄になんか見覚えあるかも」と思われた方がいるかもしれない。実は作者である宇崎うそ先生は、超濃密な青春群像劇ストーリーと本格志向の音ゲーで絶大な人気を博しているスマートフォン用ゲーム『プロジェクトセカイ   カラフルステージ! feat.初音ミク』の公式4コマ漫画作画を手掛けられている。もしかしたら、そこで絵柄に親しんでいたのではないか。『プロセカ』も非常にいい作品で、特に高校生が日常を全力で生きる姿を愛する『きらら』読者には刺さる部分が多いと考えているので、知らなかった人はこのゴールデンウィークにプレイしてみると幸せになれるかもしれない。

 以上。本記事が一人でも多くの読者と『ななどなどなど』の縁を結ぶ事ができれば、これ以上の幸せはない。