オススメきらら漫画列伝②『エンとゆかり』:4コマは制約にあらず!創意に富んだファンタジー漫画

 ※本記事は『エンとゆかり』第1巻を、「核心に触れない程度のネタバレ」を許容して紹介しています。あらかじめご了承ください。

・「躍動する4コマ漫画」の衝撃

「4コマ漫画はアクションの表現には向いていない」――そんなイメージを抱いている人は多いのではないか。大胆なコマ割りによる激しい動きや、見開きを駆使した大迫力の演出は、4コマ漫画にはできない。「ここぞ」という時に同じ方法を使うことはできても、それはフォーマットを破ってこそ生まれる瞬間的な爆発力にすぎない。既にまんがタイムきらら系列誌購読歴7年になる私でさえも、そう考えていた。

 そんな幻想を気持ちよく打ち砕いてくれた作品が、『エンとゆかり』――9/25に第1巻が発売したばかりの、フレッシュな超新星である。

  早速だけれど、この一連の4コマを見て欲しい。

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『エンとゆかり』(著:しろううらやま) 1巻86ページより

 それは、4コマ漫画というフォーマットだからこそ描けたアクション描写だった。

 1コマ目、枠線を飛び越える勢いで、奥行きのある空間を砲弾のように跳ぶスピード感に始まる。2コマ目、二人の剣士が剣をぶつけ合わせ、冷たい均衡が一瞬流れる。作法に沿って3コマ目へとジグザグに視線を動かすと、読者の目に黒い剣士の姿が連続して映る。このコマでは両者が鍔迫り合いしながら立ち位置を入れ替える瞬間の攻防が切り取られ、上手と下手の交代によるイニシアチブの交換という、映像的な技法さえも込められている。そして4コマ目。カメラが回り込み、巨剣との押し合いに耐えきれず少女が勢いよく吹き飛ばされる様が描かれ、頂点まで高まっていた緊張が爆発する――。

 4コマ漫画は、枠線というスクリーンとその起承転結のテンポによって、連続した短い時間を描くことに長けている……と私は考えている。その性質は基本的にはコメディ向きであり、前後するコマで同じ空間の中の変化を生み出したり、小刻みに「オチ」を作り出すことによって笑いを呼んでいるわけだ。しかし、この構造を生かして、まるで映像のように時間と空間の流れを魅せる戦闘表現が可能だとは、思いもよらなかった。

 もちろん、『エンとゆかり』の引き出しはこの4コマだけではない。作者のしろううらやま先生は、単独名義での商業単行本の発売こそ本作が初めてであるものの、ゆるゆりで名高いなもり先生のアシスタントを長年勤めあげた、いわば影の名人である。その手業はそれぞれのコマの隅々にまで染み渡り、ストーリーテリングやキャラ造形にも発揮されているのだ。なお、なもり先生は本作1巻の帯にメッセージを寄稿しており、『きらら』作品の表紙に一迅社の『百合姫』連載作品の主人公であるはずの赤座あかりが乱入している面白い絵面を楽しめる。

・人物と物語:異世界ファンタジーと『きらら4コマ』の巧みな融合

 『エンとゆかり』の舞台は、原野やダンジョンを魔物が徘徊し、冒険者がクエストを受けて討伐に向かうファンタジーRPG風の世界だ。遠距離通信を可能とする古代技術のアイテム「リンクリング」がチャットのポップアップのようなUIだったり、死んだ魔物がコインを落とす理由が「そもそもコイン状の物体を素材に作られている人工生物だから」だったりと、軽快なパロディがいい具合に柔らかさを生んでいる。

 

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『エンとゆかり』(著:しろううらやま) 1巻25ページより

 本作の主人公として二人でタイトルロールを務めるのが、表紙にも描かれている金髪アホ毛の少女剣士・エンと、冒険者の酒場に務めるウェイトレス・ゆかりだ。ある日、ゆかりは森を散策中に巨大な蛇のような魔物に喰われそうになった。だが、その場に居合わせたエンが大蛇を一刀のもとに斬り伏せたことで、九死に一生を得る。

 二人のうち、主に視点人物として扱われるのはゆかりだ。彼女はエンに救われて以来、小さな頃に父の影響で憧れていたものの、いつしか忘れていた冒険者を再び志すようになる。抜けているようで意外とちゃっかりしていて、時には顔芸として現れるほど感情が豊かなゆかり。エンと並び立つため、仕事をしながら幼い夢を追う様子が微笑ましい。その一方で、死にかけて以来心のどこかで「命の危機において感じるドキドキ」を求め続ける姿には危うさもあり、目が離せない。

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『エンとゆかり』(著:しろううらやま) 1巻15ページより

漫画表現としても、宙に投げ出された二人にコマを跨がせて浮遊感を増す筆致や、2画面に分断された巨大モンスターの亡骸によるレイアウトに注目して欲しい名4コマ。

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『エンとゆかり』(著:しろううらやま) 1巻39ページより

 対するエンは、剣士としては凄まじい強さを誇る一方で、純朴で疑うことを知らない性格の持ち主である。どういうわけか気がつくと記憶喪失で行き倒れていたらしく、冒険者として以外の人との繋がりを持たなかったため、自分を「友達」と言ってくれたゆかりを人懐っこい犬のように慕う。謎を背負った身の上でありながら、自分のことを気にするよりも大切な人を守りたいと願う優しい少女だ。

 そんなエンが属する冒険者パーティのリーダーを務める人物がロッソ。ヨーロッパの貴族か音楽家のカツラのような髪型にちょび髭という胡散臭い装いのおっさんで、事実「器が小さい」「ドケチ」と仲間からも評されている。しかし彼もまた、意外な使命や苦労を抱え、エンのことも薄給で雇いつつ父親代わりのように気にかけてはいるようで――。最初は「何だこいつ」と思われつつ、1巻を読み終える頃には好感度が上がってしまう癖の強いキャラクターが掴んだ人気は、作者にも認知されているとか。

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『エンとゆかり』(著:しろううらやま) 1巻11ページより

 

  彼女たち3人のメインキャラクターに加え、ゆかりを見守る酒場のマスターかなえ、ゆかりの冒険者ワナビーに巻き込まれる友達のちりアメ、そして様々な思惑を抱えた陣営や記事冒頭で挙げたコマでエンと激闘を繰り広げる「鍵の魔物」などが入り乱れ、本作の物語は進行する。

 1巻の中盤からは、ファンタジー世界にはつきものの「魔王」にまつわる陰謀劇が背景で展開され、興味を引く伏線が散りばめられていく。しかしながら物語の根幹にはエンとゆかりが互いを思い合う気持ちがあり、不穏な影の中でも止まることなく「日常」が続いていく――という構造は、アニメ二期の制作が決定した大人気作品『まちカドまぞく』にも通じるものがある。ともすれば、これが今後のファンタジックな要素を多く含む『きらら』作品のスタンダードになっていくのかもしれない。

冒険者パーティの戦い:つながりから生まれる強さ

 『エンとゆかり』には、1巻だけでも幾つかの人間と魔物の対決が描かれている。それらの多くは、もし敗北すれば良くて重傷を負い、悪ければ絶命する本気の生存競争だ。前述の通り、開幕からしてエンが死にかける所から始まるし、中盤は戦闘描写のオンパレードだ。

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『エンとゆかり』(著:しろううらやま) 1巻75ページより

ゆかりの友人二人も、ダンジョンで恐ろしい虫型の魔物と対峙する!

 興味深いのは、1巻の前半における戦闘はほぼエン一人の力で片がついている一方で、後半ではその場に居合わせたメンバーが、それぞれの役割を果たして共闘しなければ勝てないシチュエーションが用意されていることだ。これはエンの強さを序盤で印象づけることで、後に彼女が苦戦する相手の株を上げると共に、『きらら』作品らしい仲間と友情の讃歌のために個人の限界を提示する、無駄のない構成の賜物である。しかも本作はそこに、RPGにおける「パーティ」や「攻略情報」の文脈を重ね合わせることで、世界観の立て付けと精神的なテーマの合一に成功しているのだ。或いは、『エンとゆかり』というタイトル自体が、単なる洒落というだけではなく、本作の根底に流れる冒険者たちの「縁と所縁」を体現しているのかもしれない。考えるほどに、恐ろしい技巧派漫画である。

・総評:4コマの可能性を切り拓く、超絶技巧のニューエイジに愛を!

 『エンとゆかり』の掲載誌『まんがタイムきららMAX』は、ファンの間ではいい意味で「実験場」的だと評価される気風がある。近年ではコミュニケーションに難がある人物の淀みを孕んだ日常を描く『ぼっち・ざ・ろっく!』や『ななどなどなど』、古くはコマ構造を廃して視線誘導だけで4コマ漫画を表現した異端のゲスト作品『グレーゾーン』など、その歴史を彩る作品は枚挙に暇がない。そして『エンとゆかり』も、『きらら』の未来を切り開いた先駆者の輝かしい殿堂に名を連ねるべき快作だ。

 正直に言うと、私は本作がどれぐらい売れてくれるかに不安を感じている。本作は4コマ漫画として物凄いのだが、それ故に発売前の肌感覚では「元から4コマや『きらら』が好きな人」にしか注目されていない印象があったからだ。そして『きらら』作品は一巻の売れ行きが芳しくないと、容赦なく2巻で終わってしまう。ファンの間で俗に「2巻乙」と呼ばれる現象である。

 本作のオーパーツじみた4コマ技法や、精緻に組み上げられた筋書きが埋もれてしまうとしたら、それはあまりにも惜しい。この記事が『きららMAX』を定期購読していない方々に僅かでも『エンとゆかり』の特異な魅力を伝え、「買ってみてもいいかな」という気持ちになってもらえることを切に願う。この作品を読んだあとには、きっと今までよりも4コマ漫画という芸術分野自体を好きになっているはずだ。