オススメきらら漫画列伝①『サジちゃんの病み日記』:狂気でも、それが彼女の「日常」

 思えば私は跳ねっ返り気質で、長いこと「日常系」というジャンル名を使うことに抵抗がありました。そこには一つならざる理由が複雑に絡み合っています。しばしば批判的な文脈で用いられるのを見て反発したかったとか、ゼロ年代後半から『魔法少女まどか☆マギカ』放送後しばらくのあいだ○○○○とか×××に散々に擦り倒されてこいつらと同じ領域で喋っていると思われるのが嫌だったとか、他にも色々。

 ただ今となっては、日常系というジャンルが存在し根強い人気を得ていることに異論はありません。また『まんがタイムきらら』系列の漫画雑誌から世に出る作品の多くが日常系であることも認めるようになりました。

 なぜなら、多くの公式なプロジェクトが「きららといえば、日常」であることを盛んに主張しているからです。

www.kiraraten.jp

kirarafantasia.com

 

 大盛況のうちに幕を閉じた『まんがタイムきらら展in大阪』のキャッチコピーは「日常の祭典、西でふたたび。」ですし、アニメ化タイトルを中心としたクロスオーバーRPG『きららファンタジア』は「かわいい日常と、はるかな冒険と。」を標榜しています。総本山がそう言うのならば、忠実なる猟犬を自負する私としては従わない選択肢はありません。

 それに事実として、きららレーベルに列する作品は日常系というジャンルを強みとして自覚しながらも、その枠を大胆に拡張する試みを続けてきました。『NEW GAME!』が社会人の正業としてのゲームづくりのシビアさを日常に織り込んだように。『がっこうぐらし!』が死と隣り合わせのゾンビパンデミックの中で逃れ得ぬ日常を読者に突きつけたように。或いは『まちカドまぞく』が残酷な伝奇的世界で和やかな日常が保たれる聖域と、それを維持するための不断の努力を描いたように。

 さて。今回皆さんにご紹介するのは、諸先生方が様々な手法で探求してきた日常系のフロンティアを暴力的かつ痛切にこじ開けた異形の星『サジちゃんの病み日記』です。

 

サジちゃんの病み日記 (1) (まんがタイムKRコミックス)

サジちゃんの病み日記 (1) (まんがタイムKRコミックス)

 

 

 

サジちゃんの病み日記 (2) (まんがタイムKRコミックス)

サジちゃんの病み日記 (2) (まんがタイムKRコミックス)

 

 ……題名と表紙からして、だいぶ濃厚なダークオーラが出ていますね。「掲載誌は『きんいろモザイク』や『ご注文はうさぎですか?』と同じまんがタイムきららMAXです!」と言っても信じてもらえないかもしれません。(尤も実際のところ、きららMAXには実験的な作風のタイトルを多く受け入れてきた風土があるのですが)

 とはいえ、本作は誤解を恐れずに言えば十分に「きらら的」な漫画です。つまるところ、少女たちのいつもと変わらない生活を情感豊かに描いています。ただ、その「いつも」が私達が知るものではない、というだけで。

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      キャラクター紹介(2巻,2P)

 物語の骨子は、「幼少期に別れたきりの幼馴染同士が再会し、関係性が再び動き出す」という王道ど真ん中を突き抜けるシチュエーション――2020年1月期きららアニメの『恋する小惑星』も活用している――の悪夢的なオマージュです。

 もし久々に現れた幼馴染が、10年近くの時間を只管に去っていた友とのあどけない約束に捧げ、歪みきった想いを抱えたストーカーとなっていたら。その答えが本作の主人公・サジちゃんこと月宮沙慈と言えるでしょう追いかける一歳上の想い人の名は江戸川ひかり。彼女が通う高校を突き止めたサジちゃんが、自らもそこに進学した所から物語は始まります。普通なら直接顔を合わせれば良いところを、なぜか授業を抜け出してひかりを監視するサジちゃんは、想定外の事態に直面しました。今のひかりの隣には、橋口メロという親友が常に寄り添っているのです。そしてサジちゃんの異常な独占欲が導き出した答えは、メロの排除でした。

 本作の面白さでまず目につくのは、全体的にネジの外れた登場人物たちのアクの強さでしょう。サジちゃんはストーキング、盗撮、盗聴、脅迫、殺人未遂、不法侵入、誘拐とあらゆる犯罪行為を厭わない、超のつく危険人物。その脅威に対峙するメロも、サジちゃんが抱える滑稽さを楽しんで警察に突き出すのを放棄してしまったのを皮切りに、刹那的な部分が目立ちます。そして被害者であるひかりでさえ、過剰にぼんやりした所があったりZ級ホラーの中毒的なファンだったりと一筋縄ではいかない人物です。ハイテンポのための突飛さが受け入れられやすい(ブラック)コメディの媒体としての4コマ漫画という立ち位置を自覚的に活用した人物配置が、まず一見して楽しい刺激を与えてくれます。

 そのパンチの効いたキャラクター造形の一方で、ストーリーの中核には「相互理解」と「赦し」という筋の通ったテーマがあります。メロとサジちゃんは互いに反目しながらも、同じ人を愛する人間として奇妙な絆を育んでいきます。その中でメロが発見していくのは、恋敵の精神の幼さに起因する動物的な純粋さと執着の裏返しと言える義理堅さのきらめき。そして、もし彼女がまっすぐひかりと向き合えれば、という希望すら抱くようになっていきます。対してサジちゃんも、メロと腐れ縁に近い関係性を構築し不服ながらも頼み事をする様子を見せるのです。ひかりにしか興味が無かったサジちゃんが、動機は不純とは言えメロを頼り、その内面を知ろうとしていきます。すなわち二人の間には「同じ女を好きって百合なんだよな」の構造が織り込まれているのです。それも「好き」は明確に恋愛・性愛の文脈であり、きらら系列誌の連載作品としては「踏み込み」が深い部類といえます。

 サジちゃんにとって、ひかりをストーキングしメロと戦うことは日々のルーチンワークであり、紛れもない『日常』です。対して奇妙な出会いに当惑しながらも、彼女を一人の人間として理解しようと試み、少しずつ距離を縮めていく──そんなメロの過程もまた、『日常』的に私達が経験するコミュニケーションと地続きの経験に他なりません。『サジちゃんの病み日記』は物語の前半1巻を用いて、自らが「少女たちの日常を描く作品が支配的なまんがタイムきらら系列誌の漫画」であることを果敢に証明しているのです。

 そして、2巻で派手にひっくり返します。

 私個人としては、2巻については可能な限り情報を仕入れずに鮮烈な体験をしてほしいので、多くを語るつもりはありません。1巻の説明に字数を割いたのは、2巻のために前提を共有してほしかったからです。

 一つの『日常』の形を受け入れた時、それを破壊する者が現れたなら? そもそも、赦される罪というものはあったのか? 烈しく揺るがすためにこそ丁寧に形作られた土台の上で、サジ・メロ・ひかりの三者が直面する試練と、その答えを決して見逃さないでください。あと、凛道うさぎというきらら史上屈指のヤバい女のことも。

 あっ。ちなみに『サジちゃんの病み日記』全2巻、今なら(2020/03/28現在)Amazon電子書籍版が半額セール中みたいですよ。これは買うっきゃない!

 (なお2巻には写植抜けがありますので、こちらのリンクをご確認のうえ、該当ページに到達した際には修正版をご覧ください)

www.dokidokivisual.com