『まんがタイムきらら』を読んだことのないあなたも今すぐ狂える、『きららベース』追いかけ連載作品のススメ

はじめに:萌え4コマ専門誌というガラパゴスを飛び出せ

 初めましての方は、初めまして。私は妖精からっぽまる(@Cotswolds0405)、主にTwitterで百合やカードゲームの取り留めもない話をして、ときおり思い出したように好きな作品の布教文章を書くそこら辺のオタクです。具体的には、今まで下記のような記事をしたためてきました。

youseitutor.hatenablog.com

 

youseitutor.hatenablog.com

 

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  この通り、私が好んで布教する作品は『まんがタイムきらら』系列誌に連載されている4コマ漫画。今まで私は、単純に「面白い作品が埋もれているのはもったいない!」という想いから、オススメの単行本を紹介してきました。しかし最近、このまま放置していては今後記事を書く意味を失ってしまうような、ある疑念を抱いてしまったのです。

 萌え4コマ雑誌を購読していない人には、そもそも『きらら』にドハマリし、いわゆる「日常系」作品を大量に摂取して昂奮する心理が分からないのでは?という疑いを。

 『きらら』は、狂ってしまうほど面白い――その認識は、8年ほど定期購読している私にとっては当たり前になってしまいました。ですが一般的には「萌え4コマ」や「日常系」と言うと、ライトに消費される作品のイメージが強いのではないでしょうか。

 ネットのオタクコミュニティではしばしば、日常系漫画を原作としたアニメが「何も考えず、頭を空っぽにして見られる」と評価されることがありました。無論、発言者にとっては必ずしも否定的な言葉選びではないのでしょう。ですが主体の意図と無関係に、このような評価は「癒やしやかわいさを得られる反面、深く掘り下げて読み込む価値はない」という意味も帯びてしまいます。

 違ぇんだよ。『きらら』は、めちゃくちゃ面白ぇし、噛めば噛むほど味すんだよ。

 私はそう確信していますが、自分だけで信じていても意味はありません。だから布教をするのですが、単行本をひたすら紹介していくスタイルには明確な限界が伴います。そもそも、900円近い定価の4コマ漫画の単行本をオタクの推薦文だけを頼りに買う行為は、特に未体験のレーベルを相手取る時にはハードルが高いわけです。だから願っていました。「『きらら』漫画――特に1巻が出るか出ないかの時期にあるフレッシュな作品を、雑誌以外のプラットフォームでみんなに読んでもらえたらいいのに」と。

 そして、唐突に願いは叶いました。一体どのように? 答えはこちらのリンク先をご覧ください。

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 『ニコニコ漫画』内のまんがタイムきららの公式ページ『きららベース』にて、突如として大量の追いかけ連載が始まりました。それもアニメ化作品や完結済み作品ではなく、1巻発売前後の若い注目作を中心とした形で!

 一個人には到底用意することができない、大好きな漫画を広く見て貰うための「場」が整いました。ありがとう、芳文社。ありがとう、まんがタイムきらら。今こそ萌え4コマ専門誌というガラパゴスで鍛え上げられた未知の生態系を、七つの海の果てまでも知らしめる時が来たのです。

 さて、前置きが長くなってしまいましたが、ここからは改めて布教のターンです。『きららベース』で始まった追いかけ連載は有り難いことに非常に本数が多く――しかしその賑やかさ故に、どれから手を付けていいのか、初見の方は迷ってしまうかもしれません。

 旅人には地図が必要です。そこで、この記事が皆さんに「これをまず読んで欲しい」という超絶オススメ作品をお伝えします。気になる作品が1本でもあれば、まずは騙されたと思って、すべての作品で恒常的に掲載されている最初の3話分を読んでみてください。何せ無料ですので!

①『星屑テレパス』:孤独な少女が宇宙を目指す、令和きららの超王道

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記事投稿時点で読める話数:1~10話、15話

単行本:既刊1巻(9/27に第2巻発売予定)

 もしこの記事で1つの作品しか紹介できないとしたら、私は迷うことなく『星屑テレパスを選ぶでしょう。奇しくも令和に入って初めて第一話が掲載された『きらら』作品である本作は、まさしく新時代の象徴を名乗るに相応しい品質を備えているのです。後述する『またぞろ。』と共に、『次にくるマンガ大賞 2021』の選考対象にノミネートされたことからも、実力がうかがい知れます。

 『星屑テレパス』の強さはすなわち、驚異的なまでの総合力の高さ。まず、「ここではないどこか」としての宇宙に憧れを抱く引っ込み思案な少女・小ノ星海果が、自分の想いを具象化する方法としてのモデルロケットづくりに出会い、挫折に襲われながらも一歩ずつ成長していく物語の骨格が極めて強靭です。しかも一つのストーリーラインに「モデルロケット同好会の活動を描く、現実的で地道な青春部活もの」と、「海果が出会った不思議な力を持つ少女・ユウとの強いつながりを描く、幻想的なガール・ミーツ・ガール」の要素が絡み合っている点が非常に面白い。厳然とした結果をもたらす科学的な競技の世界と、心象をそのまま描き出したような想いの世界が両極端から作品を支え、まさに宇宙のような遠大な奥行きを生み出しています。

 また一目見て分かるほど演出が巧く、映像的でテンポの良いコマ割りと、モノクロの画面で魔法のように光の明暗を描く手腕に載せて叩きつけられる快感は絶大です。絵そのものも極めて美麗で、特に布地の描きこみには時折偏執すら見て取れるほど。また登場人物の身体表現も露骨ないやらしさがないのにどこかフェティッシュで、特に海果とユウが「おでこぱしー」――ユウが持つ不思議な力の一つ。額を突き合わせることで発動するテレパシー能力――のために顔を寄せ合っているシーンには、息をのむような凄艶さが漂っています。シナリオにおいてもアートワークにおいても、最早この漫画の引き出しは無限です。

 もし序盤の優しいけれど微温湯的にも思える雰囲気にいまいち適合しなくても、とりあえず6話まで読んでみてください。この傑作の抜け目ない構成は、あなたがちょっと「ダレ」を感じてきた時に、それすらも計算のうちだったかのように強烈な刺激を与えてくれますよ。

②『ぎんしお少々』:細部に神が宿る、リアルな会話劇とカメラの魅力

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記事投稿時点で読める話数:1~6話

単行本:既刊1巻

 『きらら』読者は萌え4コマというファンタジーに没入しながらも、同時にリアルな質感を求めます。日常生活における細かなしぐさや個人のルーチンの生々しさや、会話劇に秀でた4コマ漫画の性質から繰り出される新鮮なダイアログが作品に溶け込んでいると、それを読み解く楽しさで胸がいっぱいになるのです。もしそういった楽しみ方に共感できるなら、『ぎんしお少々』を読めば幸せになれるかと思います。

 魅力は何といっても、キャラクターの会話から醸し出される実在感と臨場感。時にお互いが抱えた誤解に気づかぬまま、噛み合わないながらに進んでいくやり取りを、偏執的なまでにシミュレーションしてきます。相手のことをわかっているわけではないけど、だからこそ気になって一緒にいたくなる。そんな関係性の進展。読み進めていくほどに、句読点の振り方や漢字/カナで生まれるニュアンスの違いにまで気を配った、息遣いが聞こえてくる会話劇に夢中になっていくでしょう。

 また本作では、フィルムトイカメラを用いた写真撮影が物語をけん引する主題を担っています。これはデジタルカメラや昨今のスマホ内蔵カメラでの撮影と比べて、不便で気の長い営みと言えます。撮った写真の出来上がりは現像してみるまで分かりませんし、フィルム1枚で撮れる枚数は20枚に届きません。ですが、不便でアナログだからこそ生じる不安定なゆらぎが、撮影者ですら想像しえない世界を生み出すかもしれません。そんな不安定でワクワクに満ちた感覚を瑞々しく描く筆致も、注目すべき美点の一つです。

 良い意味で「読者に対して不親切な面」がある漫画ですので、最初は全体像をつかむのが難しく感じるかもしれません。それもまた味わいなのです。初見時の戸惑いと、その先にある静かな興奮を楽しんでみてください。

③『しあわせ鳥見んぐ』:空間を活写する渾身のバードウォッチング漫画

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記事投稿時点で読める話数:1~6話

単行本:未発売(10/27に第1巻発売予定)

 意外に思われるかもしれませんが、4コマ漫画は通常のコマ割りの漫画に引けをとらないほど、空間を描くことに長けた媒体です。例えば、1つのコマはそれ自体が独立した画面であり、極めて細密な描きこみを可能にする余白の塊です。有名な例では『ふおんコネクト』や『まちカドまぞく』が、4コマ漫画のコマの独立性をこれ幸いと、衝撃的な密度の描き込みで情報を詰め込んでいます。

 しかし、空間表現の媒体となるのはコマの「独立性」だけではありません。4コマ漫画には、1つのページの中でコマが整然と上から下に流れていく「連続性」もまた備わっているのです。そして『しあわせ鳥見んぐ』は、4コマの上から下への流れを空間における高低差を描く手段として活用し、バードウォッチング漫画としての説得力を高めています。頭上で優雅に空を舞い、或いは足元でテクテクと歩き回る鳥たちと、それを観測するキャラクターが同じ空間にいる――そんな実感を強く与えてくれるのが、本作の4コマスタイルです。更に、コメディ性豊かなデフォルメとアップの絵でのリアリティを使い分けた鳥の描写そのものも、極めて高いレベルにあります。

 無論、鳥見を通じて繋がっていくキャラクターたちの関係性の表現だって、漫画の技量に負けていません。特に、『きらら』では意外とレアな大学生主人公作品であるためドライブ描写があるのですが、趣味の友達が集まって車で日帰りの旅に出る時のわちゃわちゃした雰囲気の再現ぶりが白眉。昨今の情勢において、郷愁めいた楽しみを味わえます。

 そしてバードウォッチングという題材との向き合い方も真摯です。人が自然に対して負う責任や、動物の命を楽しむうしろめたさを逃げずに描いているのがまずひとつ。加えて鳥を理解する試みとしてのバードウォッチングの在り方や、鳥の側が人間を利用しながら繫栄している意外な側面を紹介することで、読者に新しい視点を与えてくれます。読んだ後は、いつもの帰り道で出会う鳥をつい注視したくなるはずです。

④『妖こそ怪異戸籍課へ』:社会の中で生きる妖怪を描く現代日常伝奇

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記事投稿時点で読める話数:1~5話

単行本:未発売

 妖怪。それは古来より、恐怖と好奇心を等しく誘うおどろおどろしい存在感を醸して人々に語られてきた、異類異形の者たちです。しかし文明の灯が地上を覆いつくした現代日本で、隠れ潜む闇を失った妖怪はどのように暮らしているのでしょうか。『妖こそ怪異戸籍課へ』が描く答えは、ひとつの発明といえます。この物語の世界に生きる妖怪たちは、社会の理解と救済を必要とする無戸籍者なのです。

 タイトルの通り、本作の中核要素は『怪異戸籍課』――現代に生きる妖怪たちを説得して戸籍を取得させ、その後も社会生活を営む手助けをする役所です。この世界では危険性が高いと見なされた妖怪は警察庁の特務機関にマークされることもあり、社会との折り合いは死活問題となっています。とは言えヒトと全く異なる能力や本能を持つ者たちですから、そう簡単に相互理解を図れるわけでもありません。『きらら』漫画において重要な意味合いを持つ「日常」が成立するうえで、前提となるシビアな現実を描いている点が、本作に引き締まった印象を与えているのです。

 他方、世界観の根幹にある過酷さとは裏腹に、各話に登場する妖怪たちはバリエーション豊富かつユーモアに満ちた描かれ方をしています。第一話からド王道・のっぺらぼうを出したかと思えば、ペナンガラン(マレーシアの女怪。臓物をぶら下げた女性の生首の姿をしている)なんて激シブなものを出して幅の広さを予期させます。個人的に唸ったのは、妖怪の総大将のイメージが定着しているぬらりひょんから、「人の家で勝手に飲食をする神出鬼没な妖怪」という要素を拾い上げて、掴みどころがないけど憎めない美少女キャラクターとして仕上げてきたところ。ぬらりひょんの饗子さん、正直めちゃくちゃ好きです。実在の名店に行って食べて帰るだけのスピンオフ待ってますね。

 壮大な世界観と生活感のにじみ出る日常描写のコントラスト、そしてコマいっぱいに広がる細かな描写に仕込まれた長期的なストーリーの伏線――『まちカドまぞく』が開拓した「新きらら系」とでも言うべき気鋭の路線を突っ走る作品です。骨太な楽しさをぜひ。

⑤『ニチアサ以外はやってます!』:映像愛が止まらない特撮研狂想曲

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記事投稿時点で読める話数:1~3話、5話

単行本:未発売

 これはあくまで私の観測範囲の話と前置きしますが、『きらら』読者には妙に特撮好きの人が多いように思えます。ともすれば編集部も感じ取っていたのか、最近ついに「特撮をテーマにした『きらら』漫画」が連載に漕ぎつけました。それこそが『ニチアサ以外はやってます!』です。

 物語の舞台となるのは、とある女子高の特撮研究会。それも既存の作品を見て楽しむだけではなく、ヒーローや怪人のスーツや撮影用のミニチュアを自作し、オリジナル作品の制作を目指す集団です。彼女たちは時に映像や音響へのまっすぐな情熱を滾らせ、時にオタク特有の身内ノリや面倒くさい拘りを燻ぶらせます。うだつが上がらない所まで含めて、ディープかつリアルなオタク性を描きぬく解像度の高さは、『きらら』のサブカル系漫画の中でも随一です。

 本作には「見る人が見ればわかる、様々な特撮作品の小ネタ」が随所に詰め込まれている」一方で、ストーリーや主だったギャグを楽しむうえで、小ネタがわかる必要性が一切ありません。むしろ、特撮を知らない人に対して、特オタが愛する特撮の迫力を漫画で伝えて見せようという気概すら感じられます。現在の追いかけ連載の範囲でも、特撮研究会のOGが作った過去作という設定でヒーローと怪獣のアクションが描かれるくだりがありますが、これがコマをスクリーンに見立てた小粋な計らいと、ワンカットごとを丹念に追いかけるような4コマ漫画に最適化された戦闘の描きぶりが効いていてとにかく凄いのです。

 ともすれば内輪受けを狙った一発ネタになりかねない題材ながら、読み応えは抜群。時代を駆け抜けた『きらら』の未来を創造するのは、この若き傑作かもしれません。

⑥『死神ドットコム』:借金!破滅!狂人!きららの限界を壊す狂獣

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記事投稿時点で読める話数:1~6話

単行本:未発売

 『きらら』といえば、前途有望な少女たちがキラキラした眩い青春を生きる漫画があふれる世界です。しかし『死神ドットコム』はそうではなく、暗い人生のどん底に立つ胡乱な成人女性しか出てきません。

 今回の記事では意図的に、主要な登場人物の設定を羅列するような紹介の仕方は避けているのですが、その禁を解きたくなるほど本作のキャラクターは強烈です。主人公・東京霊は、莫大な借金を抱えながらも酒とギャンブルに溺れ、供給を止められた水道水の代わりに雨水を溜めて飲む度を越したダメOL。190cmに達した身長とギザギザな歯という容貌も相まって、凄まじいインパクトを初手で叩きつけてきます。そんな彼女の魂を回収するために訪れたのが、死神のメルメル。この世界では死神の組織は「死神株式会社」という企業の形態を取っており、ヒラ社員のメルメルは上司からの過酷なパワハラを受けて疲弊の極みにあるのです。ツインテールの幼げな姿から繰り出される地獄のような設定と、人間として終わっている霊への切れ味鋭い暴言もまた強烈! 更に続々と登場してくる霊の知人たちも、犯罪レベルの狂気を抱えた危険人物揃いです。

 『死神ドットコム』という漫画が、『キルミーベイベー』――2012年にアニメ化もされ、カルト的人気を誇る『まんがタイムきららキャラット』連載作品――から、多大な影響を受けていることは疑いようがありません。作者の優しい内臓先生も長らく『キルミー』の二次創作をされていた方です。しかし完全な一話完結体制を取る(そのため主要人物が死んだとしか思えない展開が頻発する)『キルミー』とは異なり、本作は明確な連続ドラマを描きいています。そこに祖先譲りのバイオレンス&ホラー、さらには特有のリアルな世知辛さを盛り込んだ「もう今回で連載終了してしまうんじゃないだろうか」と思うほどの過激な作劇を盛り込むことで、他に類を見ないスピード感を生み出しているのです。

 読めば誰もが「『きらら』系列誌でこんなこと出来るの!?」と目を疑う、ジャンルそのものの限界に牙を立てる狂獣。それが『死神ドットコム』です。解き放たれた獣がどこまで走り抜けるのか、皆さんも観察してみませんか? 

⑦『ぬるめた』:Web出身の異彩コメディ、ニコニコに凱旋

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記事投稿時点で読める話数:1~3、6~10話

単行本:既刊1巻

 『ぬるめた』は極めて数奇な運命をたどった漫画です。かつては『ニコニコ静画』で自主連載されていた同人漫画でしたが、『まんがタイムきららMAX』で商業漫画としてリブートし、そして今『きららベース』の追いかけ連載作品になって故郷への凱旋を果たしました。リブート前後でアンドロイドの少女『くるみ』を中心とした登場人物の顔ぶれは変わっていませんが、設定面では幾つかの変更があり、現時点ではストーリーの繋がりもありません。なお、リブート以前の同人版も以下のリンクから読むことができます。

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  勝手に紹介させていただく立場でこんなことを言うのもナンですが、『ぬるめた』はかなり説明しづらい作品です。骨格としては、特に部活や専門科に属しているわけでもない女子学生グループが日常生活を楽しむ話なので、『Aチャンネル』や『きんいろモザイク』のような、パブリックイメージに近いきらら漫画と言えるかもしれません。そうかと思えば、時にギョッとするような下世話でセンシティブな話や世代を感じさせるオタク会話が飛び出して来たり、そこはかとないSF要素や衒学的な遊びが顔を出します。ほぼ毎話、1ページだけワイド4コマの体裁を取って、多人数が同時並行で話したり動いたりしている「極限までワチャワチャした空間」を描こうとするのも独特です。

 こう書くと、作者が詰め込みたい要素を全部入れてしまったバランスの悪い漫画のように思えるかもしれません。しかし実際に読んでみると、混沌としたムードの中でも大胆なテンションの緩急があり、意外なほど実直な「4コマ漫画の笑い」が楽しめる作品として仕上がっています。また『ぎんしお少々』とは少しベクトルが違いますが、せりふ回しの生っぽい質感という点でも白眉です。『ぎんしお』が話し言葉の臨場感を重視しているとしたら、『ぬるめた』の強みは学生特有のテンションに覆われた集団会話のエミュレート。時々ちょっと気恥ずかしくなるぐらいに「身内のノリ」を表現していて、キャラクターが確かに物語世界という現実を生きている感覚を享受できます。

 確固たる骨格があるからこそ、スパイス的に盛り込まれた眩暈がするほどの諸要素が映える、異彩の秀作コメディ。『きらら』といえば『日常系』の概念と切っても切れない関係にありますが、本作は『日常系』が立つ最新の現在地点と言えるかもしれません。

⑧『紡ぐ乙女と大正の月』:本気の時代考証が魅せる、絢爛の大正きらら

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記事投稿時点で読める話数:1~3、12~14話

単行本:既刊2巻

 現在、私たちは西暦2021年、元号で言えば令和の日常を生きています。今の目線から過去の出来事を振り返るとき、顧みられるのは時代の節目となるようなイベントになりがちです。しかし過ぎ去った過去にも、確かにその時代を「今」として生きていた人たちの日常があったはずです。『紡ぐ乙女と大正の月』は、『きらら』漫画として大正時代の少女たちが過ごした日常に光を当てています。

 『紡ぐ乙女と大正の月』の物語は、現代人の少女が大正10年(西暦1921年)――奇しくも、今日の読者の視点においてちょうど100年前――の日本にタイムスリップし、公爵令嬢に助けられるところから始まります。大正時代について殆ど知識がない主人公を読者と理解度を共有できる視点人物に据えつつ、それを操る作者の時代考証は極めて精細。スイーツを食べながらガールズトークに興じる場所は資生堂パーラーだったり、お風呂シーン一つとっても、大正時代はどうやって身体を洗っていたのかをさらっと教えてくれたり。細やかな所まで「大正時代にこのモノはあったのか」「日常生活の基本的なルーチンを大正時代はどうこなしていたのか」という想像力と綿密な調査が活きています。極端に非現実的な要素は、タイムスリップとキャラの髪色ぐらいしかない、と言ってもいいでしょう。

 一方で、貴族が通う学校における家の爵位の違いから生じる関係性や、当時の女学校で花開いていた女性同士の強い関係性「エス」の文化といった、キャラクター間の繋がりにおいても大正でしか描けないものを巧みに盛り込んでいます。追いかけ連載の最新話時点(単行本でいう2巻分のエピソード)では、その「エス」に絡んで一波乱を起こす新キャラクターが本格登場しており、大正時代を舞台にした百合漫画が読みたい!というニッチながら根強い需要にもしっかり答えてくれる作品です。

 現在、本作の追いかけ連載は単行本2巻範囲に突入しており、1巻分は恒常的に掲載となる1~3話が読める状態になっています。最初の3話を読んで気になったら、とりあえず単行本を1巻ポチってみると効率的に読めますよ。

⑨『瑠東さんには敵いません!』これが百合で見たかった!からかい女子対オタク女子

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記事投稿時点で読める話数:1~6話

単行本:未発売(9/27に第1巻発売予定)

 ある程度確立したジャンルであっても、構成要素をちょっと切り替えると今までにない新味が出る、というのはままあることです。『瑠東さんには敵いません!』の面白いところは、「朴訥で奥手な少年を、快活な少女がからかう中に好意が見え隠れする」という男女のラブコメで人気のある構造を、百合の中に持ち込んだことだと言えます。

いつもクラスの中心で、完ペキ優等生の瑠東かなめ。
クラスの片隅でオタク友達と盛り上がる、地味目女子の和村千紘。
前後の席になった二人は、かなめがちょっかいをかけてきたこときっかけに、不思議な関係が始まります

 上記の作品ページに書かれているこの文章が、そのまま本作の基本設定にあたります。降ってわいたあり得ない関係に狼狽する和村と、彼女を蝶のようにひらひらと翻弄する瑠東さんの、甘酸っぱい距離の詰め合い。かつて知る人ぞ知る傑作『どうして私が美術科に!?』を手掛けた相崎うたう先生の筆力が、二人の攻防戦を鮮やかな情感を込めて描きます。

 しかし『瑠東さんには敵いません!』の面白さは、シチュエーション・ラブコメディとしての完成度の高さだけに留まりません。本作では瑠東さんが和村にちょっかいを出し始めた真意が徹底的に伏せられており、その謎を追いかけるストーリーラインがじりじりと進行していきます。何故こんなことをするのか? どうして和村でなければいけなかったのか? 途方もない重い感情を予期させながらも、まだまだ底を見せない瑠東さんの内心を追いかけるとき、和村も読者もこう思うのです。『瑠東さんには敵いません!』と。

 なお本作は第1巻の発売を9/27に控えています。世に出る寸前の新進気鋭な良作、古参面するなら今ですよ!

⑩『またぞろ。』うまく生きられなくて留年しても、日常に逃げ場はない

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記事投稿時点で読める話数:1~8、10~11話

単行本:既刊1巻

 最後にご紹介する『またぞろ。』は、最初に挙げた『星屑テレパス』と同様、『次にくるマンガ大賞 2021』にノミネートされた作品です。ですが『星屑テレパス』が『きらら』の王道の継承者だとすると、本作は全く新しい地平を切り開く異端の作品に位置付けられます。というのも、この作品のメインキャラクターは主人公を含む4人中3人が高校を留年しているのです。

 本作の主人公は、病気や仕事といった正当な理由もなく、ただ「人間がへたくそ」であるために留年してしまった少女・穂波殊。長期的な計画性を欠き、自己否定と保身から結果的に善良ではあるものの人付き合いは苦手で、物忘れも忘れものも激しい。メンタルクリニックに通院すれば、確実に二回目で何らかの症例を認定されそうな人物です。彼女が背負う極めて真に迫った人間としての欠落は、「自分もこうだ」「あ、こんな人いる」といった、居心地が悪いほどの実感を読者に突き刺していきます。

 「でも『きらら』漫画なのだから、殊ちゃんも人間との関係性の中で救われるんでしょう?」と思われるかもしれません。ですが、今のところそういった気配はありません。留年者と留年予備軍で構成された留年界隈のメンツは、厳然と他人である殊に対して良くも悪くもドライであったり、思いやりを向けながらも具体的な救済を提供できるほどには強くなかったり、といった人たちです。更に昔から彼女のことを気にかけていた幼馴染の存在も、今はむしろ殊を追い詰める呪いに変質しつつあります。友達を交えても劇的な変化はなく、真綿で首を締めていくような日常の中で、それでもサヴァイヴしていくしかない。『またぞろ。』の世界観は、そんな透徹した冷たさと、間違った人間の物語を長い目で見届けるやさしさによって出来ています。

 事件が起きず、毎日がずっと続いていく『日常系』の概念を極限まで悪用し、逃げ場のない人生という戦いを描きぬく気概がここにあります。令和の『きらら』を語るうえで、絶対に外すことのできない歴史的な到達点です。

おわりに:これから『きらら』を愛するあなたのために

 まず、ここまで記事を読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。

 今回は「記事を読んだ人に、どれか1作でも刺さってくれればいいな」という想いで10作品を取り上げました。こうして並べてみると、愛読者の自分としても『きらら』作品が持つ芳醇な多様性に驚かされます。「日常系」という枠を自覚しているからこそ、時に傑作の良さを継承し、時に既存の型を破壊することで、進化の系統樹が今も育ち続けているのです。

 もし『きららベース』の追いかけ連載で一つでも気に入る作品があれば、ぜひ単行本の購入や、連載を追い始めることを検討していただけると幸いです。『まんがタイムきらら』系列誌は4コマ専門誌だけで3本あるので「どれに載ってるんだよ!」と思われるかもしれませんが、幸いにも毎月ワンコインを投資すればどれに載っていようと読めます。なぜなら芳文社公式漫画アプリ『COMIC FUZ』で、直近3か月のきらら系列誌の閲覧が含まれた、月額480円のサブスクリプション・プランが実施されているからです。

comic-fuz.com

 え、480円ってめちゃくちゃ安くないですか? 「好きな作品1、2本追いかける目的で契約して、ついでにパラパラめくりながら気になるのを探してみる」という運用にも、余裕で耐えうる価格帯かと思います。

 さて、最後は宣伝になってしまいましたが、『きららベース』追いかけ連載自体は、完全無料で『きらら』の面白さを雑誌読者以外の方にも知っていただける媒体です。繰り返しになりますが、これは愛する作品たちがあまり知られていないことを憂う私たちきらら読者たちが、長年にわたって渇望していたものでした。この機会を活用して一人でも多くの方が「萌え4コマとか『きらら』って全然知らなかったけど、面白いじゃん」と思ってくだされば、いちジャンキーとしても冥利に尽きます。

 それでは、今回はこのあたりで。また次の記事でお会いしましょう。